東京地方裁判所 昭和60年(ワ)7216号 判決 1991年11月25日
原告
前畑惠
同
前畑登美子
右両名訴訟代理人弁護士
秋山泰雄
同
惠崎和則
同
関次郎
被告
国
右代表者法務大臣
田原隆
右訴訟代理人弁護士
山内喜明
右指定代理人
鹿内清三
外四名
主文
一 被告は、原告らそれぞれに対し、各金一七六九万九五一四円及びこれに対する昭和六〇年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告において、原告前畑惠のために金五〇〇万円、同前畑登美子のために金五〇〇万円の担保を供するときは、仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らそれぞれに対し、各金二二一二万九〇五七円及びこれに対する昭和六〇年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告前畑惠(原告惠)は、亡前畑慎一(慎一)の父であり、原告前畑登美子(原告登美子)は、慎一の母である。
(二) 被告は、国立病院医療センター(被告病院)を設置管理している。
2 本件診療契約の締結
原告らは、昭和五九年一月八日、被告との間で、慎一の法定代理人として、慎一の嘔吐・頭痛の原因究明とその治療を目的とする診療契約(本件診療契約)を締結した。
3 慎一の診療経過
(一) 慎一は、昭和四八年七月三一日、原告惠と原告登美子の長男として出生したが、出生時から水頭症及び髄膜脳瘤に罹患していたため、同年八月二日、順天堂大学医学部附属病院において、右脳室腹腔吻合術(右V―Pシャント)を受けた。
(二) 慎一は、水頭症及び髄膜脳瘤の治療のため、本件診療契約を締結するまでに合計五回、被告病院に入院した。第一回目の入院(昭和五〇年二月六日から同年四月二二日まで)では、左脳室腹腔吻合術(左V―Pシャント)及び脳髄膜瘤形成術、第二回目の入院(同年五月二二日から同年七月一七日まで)では、左V―Pシャント管の抜去と脳室心耳吻合術(V―Aシャント)、第三回目の入院(昭和五二年八月一六日から同年九月一日まで)では、右V―Pシャント管の抜去、第四回目の入院(昭和五五年三月二八日から同年五月二七日まで)では、V―Aシャント管の抜去と脳室腹腔吻合術(V―Pシャント)、第五回目の入院(昭和五五年六月一七日から同年八月一五日まで)では、硬膜下血腫除去術とV―Pシャントにストッパー付バルブを装着する手術が、それぞれ実施された。
(三) 慎一は、昭和五九年一月八日(日曜日)午前五時三〇分ころ、自宅において嘔吐し、以後三〇分ないし一五分間隔で嘔吐を繰り返し、頭痛を訴えたため、午後四時一〇分ころ、被告病院の救急外来で被告病院脳神経外科研修医日比哲夫医師(日比医師)の診察を受けた。その際、慎一の意識はもうろうとしていて、左右ともにバビンスキー反射が認められ、頭囲も明らかに拡大していた。日比医師は、慎一を入院させて点滴・ナウゼリン坐薬を投与し、看護婦に対し、頭痛が強まったら連絡するよう指示しただけで、頭蓋内圧亢進に対する措置を何ら講じなかった。
(四) 午後六時ころ、慎一の対光反射は、緩慢かつ軽度に見られるだけとなり、午後七時ころには、頭痛が強まって、ベッドを転げ回るようになった。そこで、大橋千恵子看護婦(大橋看護婦)は、日比医師に対し、右異変を上申したが、右医師は、鎮痛剤の投与を指示したにとどまった。
(五) 慎一は、午後七時四〇分ころ、失禁し、午後八時三〇分ころ、顔面や口唇にチアノーゼが現れ、午後八時五〇分ころ、心臓が停止した。心臓停止後、被告病院小児科医保坂医師らによって、蘇生術が施されたが、午後一〇時四五分、慎一は死亡した。
4 慎一の死因
慎一の死因は、V―Pシャント管機能不全によって、頭蓋内圧亢進が生じた結果、脳幹部の血液循環障害・酸素欠乏が進行し、脳死さらには心停止を招来したことによるものである。
5 被告の責任
日比医師は、被告の履行補助者の地位にあるところ、同医師には次の過失がある。
(一) 入院時における過失
慎一は、水頭症に罹患していて、その治療のためV―Pシャントが施行されており、昭和五九年一月八日の被告病院入院時、慎一には既に頭痛・嘔吐・意識状態の低下・頭蓋骨欠損部の搏動及び膨隆等、シャント管機能不全による頭蓋内圧亢進を疑わせる症候が出現していた。したがって、慎一を診察した脳神経外科医としては、右時点において、直ちに頭蓋X線CT撮影を実施し、髄液排除の措置を講ずるべき注意義務がある。ところが、日比医師はこれを怠り、頭蓋内圧亢進に対する処置を何ら講じなかった過失により、頭蓋内圧亢進を進行させ、よって慎一を死亡させた。
(二) 経過観察中における過失
慎一には、入院時の症候に加え、午後六時ころには対光反射が緩慢かつ軽度に見られるだけとなり、午後七時ころには頭痛が強まってベッド内を転げ回る等、頭蓋内圧亢進の進行を疑わせる症候が出現していた。したがって、右容態変化の連絡を受けた脳神経外科医としては、連絡を受けた後、直ちに患者を診察し、頭蓋X線CT撮影を実施し、髄液排除の措置を講ずるべき注意義務がある。ところが、日比医師はこれを怠り、大橋看護婦から容態変化の連絡を受けたにもかかわらず、診察もせず、頭蓋内圧亢進に対する処置を何ら講じなかった過失により、頭蓋内圧亢進を進行させ、よって慎一を死亡させた。
6 損害
(一) 慎一の逸失利益
慎一は、死亡当時満一〇歳の男子であり、死亡しなければ、一八歳から六七歳まで四九年間就労が可能で、この間少なくとも昭和五八年度賃金センサス第一巻第一表の男子労働者産業計・企業規模計・学歴計・全年齢の平均給与額に昭和五九年及び同六〇年のベースアップ分として一割加算した額相当の収入を得ることができたと考えられるので、その生活費を収入の五〇パーセントとし、同人の死亡による逸失利益の死亡時における現価を、年別ライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二六五三万四六五一円となる。
(二) 慎一の慰謝料
慎一の死亡を慰謝するための慰謝料としては、一三〇〇万円が相当である。
(三) 原告らは、慎一の両親として、各二分の一の割合で慎一の権利である前記(一)及び(二)の損害賠償請求権を相続した。したがって、原告らの相続分は、各一九七六万七三二五円となる。
(四) 葬儀費用
原告らは、慎一の葬儀費用として、それぞれ三五万円ずつを支出した。
(五) 弁護士費用
原告らは、原告ら訴訟代理人に対し、本訴提起を委任したところ、原告らが被告に対して賠償を求めうる弁護士費用は、各二〇一万一七三二円とするのが相当である。
7 よって、原告らは、被告に対し、債務不履行による損害賠償としてそれぞれ金二二一二万九〇五七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年七月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)及び(二)、同2の各事実は認める。
2 慎一の診療経過は次のとおりであり、請求原因3(一)ないし(五)の事実中、これに反する部分は否認する。
(一) 日比医師は、昭和五九年一月八日午後三時ころ、被告病院救急外来において、被告病院脳神経外科研修医松前光紀医師(松前医師)とともに慎一を診察した。その際、慎一は眠り込みがちではあったが、呼びかけると目を開き、質問にもはっきり返答する状態で、吐気・麻痺・瞳孔不同・うっ血乳頭・頭部硬直は認められず、対光反射も良好であった。また、V―Pシャント管に装着したフラッシングデバイスを圧迫する方法でシャント管の開存状態を調べたところ、シャント管が開存していることが確認された。そこで、日比医師らは、第一回目入院以来慎一の治療にあたってきた被告病院脳神経外科医塚本泰医師(塚本医師)に電話連絡して相談したうえ、慎一を入院させて経過を観察することにした。
(二) 午後四時四〇分ころ、日比医師は、病室において慎一を診察したが、同人には格別変化は見られなかった。日比医師は、再度塚本医師に電話連絡し、塚本医師から点滴をしながら経過を観察し、瞳孔不同等の頭蓋内圧亢進の徴候が現れたら直ちに連絡するようにとの指示を受けた。日比医師は、午後五時二〇分ころ、点滴を開始したうえ、当直看護婦に対し、嘔吐時にはナウゼリン坐薬を使用し、頭痛が強まったら連絡するよう指示した。
(三) 午後五時二五分ころ、慎一が嘔吐したため、当直看護婦は、ナウゼリン坐薬一〇ミリグラムを挿入した。慎一は、午後五時四五分ころ、再び嘔吐したが、その後嘔吐は見られず、吐気も治まった。
(四) 午後七時ころから、慎一が頭痛を訴え始めたため、当直看護婦は、日比医師に電話連絡し、その指示に従って鎮痛剤セデスG0.5ミリグラムを経口投与した。ところが、慎一が薬を嫌がって嚥下しなかったため、投薬を中止し、経過を観察することにした。
(五) 午後八時一〇分ころ、ナースコールを受けて当直看護婦が病室を訪れたところ、慎一は尿を失禁していた。その際、脈拍を測定し、呼名・痛覚反応を調べたが、異常は見られなかった。
(六) 午後八時四〇分ころ、当直看護婦が病室を訪れたが、その際慎一は、「暑い、暑い。」と繰り返していた。
(七) 午後九時ころ、ナースコールがされたことを知った保坂医師が病室に駆けつけたが、既に慎一は、呼吸停止・心停止の状態にあった。そこで、保坂医師は、直ちに心マッサージを開始し、その後駆けつけた松前医師、日比医師、塚本医師らとともに蘇生術を施したが、午後一〇時四五分、慎一は死亡した。
3 同4の主張は争う。
一般に、頭蓋内圧が亢進すると、うっ血乳頭・瞳孔不同・徐脈・血圧上昇等の症状が現れるところ、慎一にはこれらの症状は認められなかった。また、頭蓋内圧亢進が進行すると、通常脳ヘルニアが発生するが、昭和五九年一月九日、慎一を解剖した結果によると、慎一には脳ヘルニアは認められなかったし、V―Pシャント管も開存していた。したがって、慎一の死因が頭蓋内圧亢進によるものとは考えられない。
4 同5の事実のうち、日比医師が被告の履行補助者であることは認めるが、その余は否認し、法律上の主張は争う。
(一) 入院時における過失について
入院時、慎一には、うっ血乳頭・瞳孔不同・徐脈・血圧上昇・対光反射の異常は認められず、嘔吐も治まりつつあったうえ、フラッシングデバイス圧迫の結果、シャント管の開存も確認されており、慎一が頭蓋内圧亢進に陥っていたとは考えられない。したがって、右時点において、直ちに頭蓋X線CT撮影や髄液排除の措置を講ずるべき義務はなく、経過を観察することにした日比医師の判断は、適切である。
(二) 経過観察中における過失
慎一には、午後七時の時点においても、うっ血乳頭・瞳孔不同・徐脈・血圧上昇等、頭蓋内圧亢進の症候が見られず、慎一が頭蓋内圧亢進に陥っていたとは考えられない。したがって、右時点において、直ちに頭蓋X線CT撮影や髄液排除の措置を講ずるべき義務はない。
また、昭和五九年一月八日は日曜日で、放射線科医が出勤していなかったため、頭蓋X線CT撮影を行うことは不可能であったし、脳室穿刺による髄液排除は、硬膜下血腫の既応を有する慎一には危険であった。
5 同6(一)ないし(四)の各事実は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(当事者の地位)及び同2(本件診療契約の締結)の各事実は、当事者間に争いがない。
二慎一の診療経過
<書証番号略>、証人菊地文史、同日比哲夫(第一、二回)、同浅野正英及び同大橋千恵子の各証言、原告前畑登美子及び同前畑惠各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
1 慎一の従前の診療経過
(一) 出生時の状況
慎一は、昭和四八年七月三一日、原告惠と原告登美子の長男として出生したが、出生時から先天性水頭症及び後頭部髄膜脳瘤に罹患していたため、同年八月二日、順天堂大学付属病院において、先天性水頭症治療として、右脳室腹腔吻合術(右V―Pシャント)を受けた。
(二) 被告病院における従前の診療経過
(1) 第一回目入院(昭和五〇年二月六日から同年四月二二日まで)
慎一は、昭和四八年一一月一七日以降、二、三か月間隔で被告病院(当時の名称は、国立東京第一病院。昭和四九年四月一五日、現名称に変更。)脳神経外科外来を訪れ、被告病院脳神経外科医吉岡真澄医師(吉岡医師)の診察を受けていたが、成長に伴い、髄膜脳瘤形成術及び左脳室腹腔吻合術を実施するため、昭和五〇年二月六日、被告病院に入院した。被告病院脳神経外科医塚本医師は、同年三月七日、左脳室腹腔吻合術(左V―Pシャント)、同年四月九日、髄膜脳瘤形成術を実施した。慎一は、その後の経過が良好で、同月二二日退院した。
(2) 第二回目入院(昭和五〇年五月二二日から同年七月一七日まで)
慎一は、昭和五〇年五月二〇日ころから、左V―Pシャント管に沿って皮膚が膨隆し、左V―Pシャント管に接続して設置されたバルブ周辺に髄液が貯留したため、同月二二日、被告病院に入院した。塚本医師は、翌二三日、左V―Pシャント再建術を実施したが、術後、慎一が髄膜炎に罹患し、高熱・腹部膨隆・白血球増加の状態に陥ったため、同年六月一七日、左V―Pシャント管を抜去した。ところが、慎一は、右抜去後に頭蓋内圧の亢進を来し、翌一八日、対光反射・睫毛反射が喪失し、痙攣発作・チアノーゼが出現する等の状態に陥り、遂には呼吸も停止するに至った。そこで、塚本医師は、直ちに人工呼吸や脳室穿刺を実施したところ、間もなく自発呼吸そのものは回復したものの、左V―Pシャント管抜去に伴う髄液の貯留状態が継続していたため、同月二〇日、髄液の排除措置として、脳室心耳吻合術(V―Aシャント)を実施した。その結果、慎一は、順調な経過を辿り、同年七月一七日、退院した。
(3) 第三回目入院(昭和五二年八月一六日から同年九月一日まで)
慎一は、昭和五二年八月ころから右V―Pシャント管に沿って皮膚が膨隆・発赤したため、同月一六日、被告病院に入院した。塚本医師は、右症状は右V―Pシャント管がはずれたことによるものと判断し、右V―Pシャント管を抜去した。慎一は、その後経過が良好で、同年九月一日、退院した。
(4) 第四回目入院(昭和五五年三月二八日から同年五月二七日まで)
慎一は、昭和五五年三月中旬ころから嘔吐・発熱を繰り返したため、同月二八日、被告病院に入院した。入院後の検査で髄膜炎に罹患していることが判明したため、塚本医師らは、同年四月一八日、V―Aシャント管を抜去したうえ、貯留する髄液の排除措置として、脳室ドレナージを施しながら、髄膜炎の回復を待ち、同年五月二日、左脳室腹腔吻合術(左V―Pシャント)を実施した。その結果、慎一は、順調に回復し、同月二七日、退院した。
なお、右入院期間中に実施された頭蓋X線CT撮影により、慎一には脳形成不全が存在することが判明した。
(5) 第五回目入院(昭和五五年六月一七日から同年八月一五日まで)
慎一は、昭和五五年六月一七日、頭痛と嘔吐を訴えて被告病院脳神経外科に外来で受診した。吉岡医師が脳室穿刺を実施したところ、慎一は、血液が流出したうえ、頭蓋X線CT撮影の結果により硬膜下血腫が確認されたため、直ちに入院することとなり、同日、塚本医師によって右の血腫除去術・血腫ドレナージを実施された。ところが、その後の頭蓋X線CT撮影の結果から、残存した血腫が存在し、これが増大傾向にあることが明らかになったため、塚本医師は、同年七月一六日、再度血腫の除去術を行った。なお、受診時慎一が訴えていた頭痛は、V―Pシャントによる髄液の排出量が多すぎることに起因するとの判断から、右血腫除去術の際、併せてV―Pシャントに抗サイフォン弁付フラッシングデバイスを装着した。その後の同年八月一一日の頭蓋X線CT撮影の結果によると、なお血腫の残存が認められたが、全身状態が順調に回復していたこともあり、同月一五日、慎一は、退院した。
(6) その後の診療経過
昭和五五年一一月一〇日における被告病院の頭蓋X線CT撮影の結果によると、慎一の血腫は、既に消滅していた。慎一は、経過観察のため、昭和五五年中は月二回、昭和五六年には年三回、それ以降は年一回の間隔で、被告病院脳神経外科に外来患者として訪れ、塚本医師の診察を受けていた。慎一は、この間の昭和五七年八月一四日午後三時ころ、自宅において嘔吐・前頭部痛の症状が現れたことがあったものの、午後一一時ころには自然に軽快し、他に格別異常が見られたことはなかった。
2 昭和五九年一月八日の診療経過
(一) 慎一は、昭和五九年一月八日午前五時ころ、突然水様物を嘔吐し、以降午前七時ころまでは三〇分間隔、その後は一五分間隔で嘔吐を繰り返すとともに、前頭部痛を訴えた。右嘔吐・頭痛の症状が髄膜炎や硬膜下血腫で入院した際の症状とよく似ていたうえ、普段は陥没している後頭部髄膜脳瘤痕の頭蓋骨欠損部が膨隆し、搏動していたため、原告登美子は、水頭症が悪化したのではないかと考え、午前一一時ころ、被告病院に電話し、診察を求めた。被告病院では、日曜日で脳神経外科の当直医がいないことを理由に、一旦は診察を断ったが、慎一の症状が一向に回復しないのを心配した原告登美子から重ねて診察を求められ、脳神経外科研修医が出勤していたため、午後一時ころ、同原告に対し、来院するよう促した。
(二) 慎一は、午後三時ころ、原告惠及び同登美子に付き添われて被告病院に搬入され、救急外来診察室において、被告病院脳神経外科研修医日比医師及び同松前医師の診察を受けた。その際、慎一は、前頭部を手で押さえながら頭痛を訴えており、簡単な質問には応答したものの、うとうとと眠りがちの状態で、反応が鈍く、自力で歩行することもできなかった。慎一は、その頭部が著明に拡大していて、打診すると痛みを示し、診察中二度にわたり嘔吐したものの、呼吸や心音に異常はなく、対光反射や輻輳反射は正常で、同人につき、うっ血乳頭・瞳孔不同・ケルニッヒ症状・ブルジンスキー徴候・頸部硬直等の異常所見は見られなかったし、V―Pシャント管周辺の皮膚にも発赤や痛みは認められなかった。また、日比医師は、シャント管の開存状態を調べる目的で、シャント管に接続して設置されたフラッシングデバイスを圧迫したところ、良好な感触が得られた。日比医師らは、従前の診療経過や嘔吐・前頭部痛等の症状から、V―Pシャントの機能不全による頭蓋内圧の亢進を一応は疑ったものの、フラッシングデバイス触診の結果、格別異常がなく、うっ血乳頭・瞳孔不同等の症状も認められなかったため、塚本医師の自宅に電話してその指示も仰いだうえ、慎一を入院させて経過を観察し、翌朝頭蓋X線CT撮影を実施することにした。そこで、日比医師は、阿部看護婦に対し、最重度の安静を保ち、ビタミン剤ビタメジン一V、ビタミンC二〇〇ミリグラムと抗潰瘍剤ソルコセリル2Aを混入したラクテックD五〇〇ミリリットルの点滴を続けながら経過を観察し、嘔吐に対してはナウゼリン坐薬を使用し、頭痛が強まったら連絡するよう指示した。
なお、慎一の看護については、被告病院小児科病棟の大橋、山口両看護婦が担当することになり、午後四時過ぎ、両看護婦は阿部看護婦から引継ぎを受けた。
(三) 慎一は、午後四時四〇分、原告らに付き添われて担架で小児科病棟の病室に移された。大橋看護婦が午後五時に病室を訪れたところ、慎一は、体温三七度、血圧一一八/七二、脈拍七六、呼吸数二四で、名前を呼ばれれば返答し、簡単な質問には応答したものの、うとうとと眠りがちの状態で、前頭部や後頭部を手で押さえて頭痛を訴えながら、寝返りを繰り返していた。日比医師は、午後五時二〇分ころ、病室を訪れて慎一を診察したが、格別変化を認めず、再度電話で塚本医師とも相談し、当初の予定通りビタメジン一V・ビタミンC二〇〇ミリグラム・ソルコセリル2Aを混入したラクテックD五〇〇ミリリットルの点滴を開始した。その際、慎一は、対光反射に異常は見られなかったが、静脈確保に失敗して何度も注射針を手足に刺されたにもかかわらず、全く疼痛を訴えず、ぴくりとも動かず、午後五時二五分には、黄色水様物約三〇ミリリットルを嘔吐した。そこで、日比医師は、大橋看護婦にナウゼリン坐薬一〇ミリグラムを挿入させ、同看護婦に経過を観察するよう指示して退室した。
(四) 慎一は、午後五時四五分ころ、再び水様物約二〇ミリリットルを嘔吐した。大橋看護婦が午後六時に病室を訪れたところ、体温37.2度、血圧一二四/七二、脈拍八四、呼吸数二二で、名前を呼ばれれば返答し、痛む部位を尋ねられると後頭部を押さえる反応を示しはしたものの、全く話ができない様子で、時折前頭部を押さえて痛みを訴えては寝返りを打ち、足で毛布をはねのけようとする動作を繰り返しながら、うとうとと眠り続けていた。慎一は、左右の瞳孔の大きさに不同は見られなかったが、対光反射がかすかにしか認められず、速度もかなり緩慢になっていた。しかし、大橋看護婦は、なお、暫くの間、動静を観察することとした。
(五) 午後六時五〇分ころ、慎一は、水様物を嘔吐したうえ、前頭部を押さえて痛みを訴えながら、苦しくて身の置き場もないといった様子で、ベッド内を転げ回るようにして頻繁に身体の向きを変えるようになった。このため、付き添っていた原告登美子は、ナースコールし、看護婦に対して慎一の頭痛が強まっていることを連絡した。大橋看護婦は、午後七時、病室を訪れたが、その際、慎一は、血圧一一八/八四、脈拍七四で、手足の痛感反応も認められたものの、前頭部を押さえながら苦しげな様子で激しく寝返りを繰り返し、痛む部位を尋ねられても、全く応答できない状態であった。そこで、大橋看護婦は、直ちに電話で日比医師に慎一の右異変を上申し、その指示を仰いだが、同医師は、後刻診察する旨告げたうえ、鎮痛剤セデスG0.5ミリグラムを投与しておくよう指示したにとどまった。
大橋看護婦は、午後七時一〇分、セデスG0.5ミリグラムを溶かした水溶液をスポイトで口腔内に注入したが、慎一は、嚥下することもできず、口元から全て流出してしまった。このため、大橋看護婦は、電話で再度日比医師に連絡してその指示を仰ごうとしたが、その時には既に同医師は夕食のため外出した後で、その行き先も不明であったため、何らの措置を取ることもできなかった。
(六) 原告登美子は、午後八時一〇分ころ、尿失禁に気づき、ナースコールした。これに応じた山口看護婦は、多量の尿失禁を認め、大橋看護婦に報告し、同看護婦は、午後八時二〇分ころ、病室を訪れた。その際、慎一は、脈拍は七六で、相変らず「いたーい。」と言って寝返りを繰り返しながらうとうとと眠り続け、呼名反応・痛感反応は一応認められたものの、それまでと比較すると反応が鈍く、手足も冷たくなっていた。そこで、大橋看護婦は、直ちに日比医師に右病状の変化を報告し、その指示を仰ごうとしたが、同医師はなお外出中で連絡が取れず、何らの措置を採ることもできなかった。
(七) さらに慎一は、午後八時三〇分ころから一段と苦しみ出し、身体と直角になるくらいあごを突き出し、えびぞりになって身体をのけぞらし、手指を強く屈曲させるようになった。このような動作の間に慎一が「暑い。冷やして。」とうわ言を発したため、原告惠は、午後九時ころ、ナースステーションを訪ね、山口看護婦に対し、氷枕を持ってきてくれるよう依頼した。
(八) 慎一は、午後九時一〇分ころ、再びあごを強く突き出し、えびぞりになって身体をのけぞらし、顔面を紅潮させたが、間もなく急にぐったりとして動かなくなり、見る見る間に蒼白となった。原告惠が「慎ちゃん。」と叫んだが、慎一は、応答せず、紫色に変色した口唇が半開きになって、よだれが流れ出た。原告惠は、直ちにナースコールしたが、看護婦が出払っていたため、偶々ナースステーションに居合わせた被告病院小児科医保坂医師が病室に駆けつけた。この時には、既に慎一は、呼吸停止・心停止に陥っていたため、直ちに心マッサージが開始され、ボスミン一A、メイロン二〇ミリリットル、ソルコーテフ五〇〇ミリグラムが心臓に注入された。午後九時ころ帰院した日比医師や、連絡を受けて駆けつけた松前、吉岡、塚本医師らによってその後も蘇生術が続けられ、午後一〇時三〇分には、V―Pシャント管に装着されたフラッシングデバイスを穿刺して髄液を除去する措置が講じられたが、慎一は、遂に回復せず、午後一〇時四五分、死亡が確認された。
3 慎一の解剖結果
慎一の遺体は、翌一月九日午前一〇時、被告病院において、被告病院病理検査室主任菊地文史医師(菊地医師)執刀、塚本医師及び日比医師立会の下に、解剖に付された。
その結果によると、慎一は、その肺・肝・腎臓に軽度のうっ血、副腎に萎縮、大網の一部に横行結腸との癒着が見られ、左胸腔に一〇〇ミリリットル、右胸腔に六〇ミリリットル、心のうに一五〇ミリリットルの血性液が認められたものの、心室の厚さは左0.9センチメートル、右0.2センチメートルとほぼ正常で、右心室の拡張は殆んど認められなかったし、心筋や弁膜にも変化はなく、特に目立った内臓の異常所見も認められなかった。また、V―Pシャント管の開存状況を調べるため、脳室カテーテルを抜去した後、フラッシングデバイスを圧迫し、さらに腹腔から抜去した腹腔カテーテルを切断したところ、フラッシングデバイス及び腹腔カテーテルから髄液が流れ出るのが確認された。
菊地医師は、さらに頭蓋から脳を取り出してホルマリンで固定し、二、三週間後、これを切断して被告病院脳神経内科医万年医師、東京大学講師神経病理医長島医師、被告病院臨床検査科長浅野正英医師(浅野医師)らとも協議のうえ、診察した。
その結果によると、慎一の脳の総量は一五八〇グラム、長さは19.4センチメートルで、後頭部に髄膜脳瘤痕が存在し、脳表面全域にわたってうっ血による顕著な静脈拡張が認められた。脳を切断したところ、後頭葉に小脳回症、側脳室壁に異所性灰色質が認められたほか、帯状回が通常より菲薄化し、視蓋部も尖頭状に屈曲して、前交連及び脳弓が欠損している等、高度の脳形成不全が存在した。また、シルヴィウス中脳水道は殆んど存在せず、顕微鏡検査を行った結果でも、水道管腔はフォーク様に狭窄していて、第四脳室に開通していなかった。このシルヴィウス中脳水道のフォーク様狭窄のため、第三脳室及び側脳室は著明に拡張していて、慎一の水頭症は、右脳形成不全に由来する先天性非交通性水頭症と判明した。さらに、脳ヘルニアや髄膜炎・脳室炎の所見は認められなかったものの、軽度の脳浮腫が存在し、大脳凸面の相当広範囲にわたって、慢性のクモ膜下出血が確認された。
三水頭症及び頭蓋内圧亢進に関する医学上の一般的知見
<書証番号略>、証人菊地文史、同浅野正英及び同日比哲夫(第一、二回)の各証言、鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
1 水頭症について
(一) 水頭症の意義とその原因
水頭症とは、頭蓋内の脳脊髄液腔に多量の髄液が貯留し、このため脳脊髄液腔が異常に拡大した状態をいい、脳室系とクモ膜下腔との交通の存否によって、交通性水頭症と非交通性水頭症とに大別される。即ち、脳の内部には、側脳室・第三脳室・第四脳室が存在し、側脳室内の脈絡叢で生成された髄液は、モンロー孔を通って第三脳室、さらにシルヴィウス中脳水道を経て第四脳室に達した後、クモ膜下腔を還流して矢状静脈洞内に吸収される。この脳室系内に閉塞が存在し、髄液がクモ膜下腔に流出できないために生ずるのが非交通性水頭症であり、閉塞は、元々狭隘な部位であるモンロー孔・シルヴィウス中脳水道・第四脳室出口等に発生することが多い。これに対して、交通性水頭症の場合には、脳室とクモ膜下腔との交通は保たれており、脳室の髄液槽における閉塞や髄液吸収障害等が髄液貯留の原因となっている。
水頭症の原因としては、出産時外傷・髄膜炎・先天性奇型・腫瘍等が挙げられるが、一次的原因を確定することは一般に困難である。
(二) 水頭症の一般的症状
水頭症においては、脳室内に髄液が貯留して頭蓋内圧が亢進する。そのため、頭痛・嘔吐が見られるほか、頭囲の拡大・泉門の膨隆・頭蓋縫合離開・頭皮静脈の拡張・うっ血乳頭・落陽現象・外眼筋麻痺による斜視・高音号叫・後弓反張姿勢等の症状が現れる。
水頭症には自然緩解例も見られるものの、失明・痙性麻痺等の身体障害や知能障害を来すことが多く、放置すれば約半数は一年半未満に死亡するといわれている。
(三) 水頭症の治療方法
水頭症の治療方法には、直接開放手術・短絡術・シャント術等があるが、シャント術が最も有効な方法として広く一般的に実施されている。
シャント術とは、シャント管によって髄液を他の身体腔に導き、脳室に貯留する髄液を減少させることによって、頭蓋内圧を正常に保つ方法で、これには、髄液を腹腔に導く脳室腹腔吻合術(V―Pシャント)と血管系に導く脳室心耳吻合術(V―Aシャント)とがあり、手術の手技はいずれも比較的簡単である。その具体的方法は、両者ともまず頭蓋に小孔を穿ち、側脳室を穿刺して脳室カテーテルを挿入し、次いで前者の場合には、腹腔を切開して腹腔カテーテルを、後者の場合には、頸部を切開して心房カテーテルをそれぞれ挿入し、さらにいずれの場合も両カテーテルをコネクターに接続してこれを頭部に穿った小孔に固定するというものである。もっとも、シャント管の開存性を調べたり、髄液を採取したりする目的で、コネクターに代えてフラッシングデバイスを設置することも多い。なお、脳室腹腔吻合術は、脳室心耳吻合術よりも手技が簡単で、再建も容易であるが、腹腔カテーテルが大網と癒着し、後記(四)のシャント機能不全を招きやすいといわれていて、その実施には、この点に対する注意が必要であるとされている。
(四) シャント術施術後の予後
シャント術後の合併症として、臨床上極めて頻繁に見られるのが、シャント機能不全とシャント感染である。
まず、シャント機能不全とは、シャント管の完全あるいは不完全な閉塞のため、髄液排除が不十分になるものをいい、これが発生すると、シャント管に沿って髄液が貯留することがあるほか、脳室内に髄液が貯留する結果、頭蓋内圧が亢進し、嘔吐・頭痛・うっ血乳頭・泉門の膨隆等の症状が現れる。しかし、これら臨床症状は個体差が大きく、時に不機嫌・斜頸・食嗜不振・肩こり・元気がない・頸部がつっぱる等、一見頭蓋内圧亢進とは無関係に見える症状が現れることもあり、その診断には細心の注意を払う必要があるとされている。また、シャント管の開存状況を調査する方法として、フラッシングデバイスを圧迫してその感触からシャント管閉塞の存否を判断する方法があるが、これによる判定結果には、せいぜい六〇パーセント程度の信頼性があるにすぎないとされていて、シャント機能不全の診断法としての有用性は、それほど大きくはない。
次にシャント感染とは、シャントが細菌に感染し、悪化すると髄膜炎や脳室炎を引き起こすものをいい、これが発生すると、発熱やシャント管沿いの皮膚が発赤する等の症状が現れ、シャント機能不全の原因ともなる。
2 頭蓋内圧亢進について
(一) 頭蓋内圧亢進の意義とその原因
頭蓋骨内腔は、髄液・脳実質・血管・血液で満たされ、一定の圧力、即ち頭蓋内圧を保っている。これら頭蓋腔内内容のいずれかが増量し、頭蓋内圧が高まった状態を頭蓋内圧亢進という。
頭蓋内圧亢進の原因は、①頭蓋内占拠性病変(血腫・腫瘍・膿等)の発生・拡大②髄液の増加・貯留③頭蓋内血液量の増加(脳内静脈のうっ滞)④脳実質の増加(脳浮腫)である。これらの因子は頭蓋内圧亢進によって促進されると同時に、他の因子をも誘因するため、頭蓋内圧亢進は、相乗的に進行増悪する。
(二) 頭蓋内圧亢進の症候
頭蓋内圧亢進の臨床的症状には、頭痛・嘔吐・うっ血乳頭・意識障害・動眼神経麻痺症状・除脳硬直・尿失禁・痙攣・麻痺等がある。
(1) 頭痛
頭蓋内圧亢進による頭痛は、しばしば朝の起床時に見られ、持続的あるいはずきずきとした痛みで、前頭部又は後頭部に感じられることが多い。
(2) 嘔吐
頭蓋内圧亢進による嘔吐は、早朝、頭痛に随伴して発生することが多く、食事と無関係に生ずる特徴があり、しばしば、悪心を伴わずに噴出するように嘔吐する。
(3) うっ血乳頭
うっ血乳頭とは、眼底乳頭部のうっ血による浮腫をいう。臨床上は、頭蓋内圧亢進が長期間続いているにもかかわらず、うっ血乳頭が現れないことが多く、小児の場合には、むしろうっ血乳頭が見られないことの方が多い。したがって、臨床所見のうえでうっ血乳頭が現れないからといって、頭蓋内圧亢進を否定することはできず、他の臨床症状を看過することがないようにしなければならないとされている。
(4) 意識障害
意識障害の程度は、一般に四ないし五段階に分けられ、清明・無差別症・うとうと状態・嗜眠・昏睡の順に重症となる。昏睡に陥ると、いかなる強い刺激にも全く反応せず、反射作用も殆んど消失し、危険な状態となる。
(5) 動眼神経麻痺症状
動眼神経が圧迫や虚血によって障害を受けると、瞳孔不同、対光反射の遅延・消失が現れる。
(6) 除脳硬直
除脳硬直とは、中脳の上丘と下丘の間で脳幹の連絡が途絶した場合に現れる異常な筋緊張姿勢をいう。手指を屈曲させて頭を後方にそらし、下肢を内転させて伸ばす等、特有の姿勢が現れる。
これら症状の中では、頭痛・嘔吐・うっ血乳頭が出現しやすいが、現れる症状の組み合わせやその時期・程度は千差万別で、固体差が著しい。
(三) 頭蓋内圧亢進の進行とこれに伴う呼吸・循環機能障害の発生機序
一般に頭蓋内圧亢進が進展すると、次のような経過を辿って呼吸・循環機能障害がもたらされるとされている。
(1) 第一期
脳血管には、脳血流を一定に保つための自己調節機能が存在する。このため、ある程度頭蓋内圧が亢進しても、自己調節機能が作用し、脳血流は一定に保たれる。
(2) 第二期
ところが、頭蓋内圧が更に亢進すると、脳血管の自己調節機能が破綻し、保持されていた脳血流は漸次低下し始める。この際、特に静脈の灌流が阻害されるため、静脈うっ滞に陥る。
(3) 第三期
頭蓋内圧が更に亢進して脳血流の低下が進行すると、交感神経機能が作用し、全身血圧の上昇と緊張の強い徐脈、即ちクッシング現象が現れる。クッシング現象の結果、脳血流は増々低下し、脳酸素が欠乏して代謝性アシドーシスに陥る。代謝性アシドーシスが進行すると、血管壁の弛緩性麻痺が進み、呼吸・血圧・自律神経中枢のある脳幹部にまで脳梗塞や脳出血が現れるようになる。また、この段階に達すると脳組織の一部が圧勾配に従って偏位・移動し始める。これを脳ヘルニアといい、移動した脳組織が脳幹部を圧迫すると、重篤な呼吸・循環・意識障害を招来する。
(4) 第四期
この段階に達すると、頭蓋内圧が血圧を凌駕し、脳波は平坦化し、失調性呼吸、さらには呼吸停止に陥る。脳血管は完全に弛緩性麻痺状態となり、脳幹機能が麻痺する結果、血圧は下降し、脳血流が停止し、やがては心停止に至る。
もっとも、右の経過は、あくまでも頭蓋内圧亢進の定型像にすぎないのであって、実際の臨床経過は、必ずしもこのような定型像を辿るとは限らない。とりわけ小児の場合には、定型像からかけ離れることがままあり、脳形成不全を伴う水頭症患者の場合、頭蓋内圧の変動に対する代償能が低いため、僅かの頭蓋内圧亢進によって脳幹部機能に重篤な障害が現れることもある。
さらに、右の経過は、病理学的にも脳組織の形態・組織変化となって現れ、死後の剖検で確認されることが多いものの、臨床症状と病理学的形態変化とが一致しないことも少なからずある。脳死患者の剖検研究報告によると、臨床的には頭蓋内圧亢進から脳幹部機能停止に陥ったことが明らかであるにもかかわらず、剖検の結果では脳ヘルニアの存在が認められず、脳幹部にも何ら組織学的変化が見られなかった症例が複数報告されている。このような臨床所見と病理学的形態変化との乖離がいかなる原因に基づくのかについては、現在のところ詳らかになってはいない。
四慎一の死因
1 前記二及び三で認定した事実に、<書証番号略>、証人浅野正英、同菊地文史及び同日比哲夫(第一、二回)の各証言、鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を併せ考えると、次のとおり認定判断することができる。
(一) 慎一には、シルヴィウス中脳水道のフォーク様狭窄をはじめとする相当高度の脳形成不全が存在し、昭和五九年一月八日当時、右狭窄に由来する先天性非交通性水頭症の治療の目的で左V―Pシャント管が設置されていた。
(二) ところが、慎一は、同日午前五時ころから、一五ないし三〇分間隔で嘔吐し、前頭部痛、頭蓋骨欠損部の膨隆・搏動が認められたのを最初に、被告病院で最初の診察を受けた午後三時ころには、意識障害、歩行失調の状態にあって、その後も嘔吐を繰り返し、午後六時には対光反射の悪化、午後七時には頭痛が増強して体動が激しくなる等の変化が現れ、さらに午後八時には尿失禁、四肢冷感、意識障害の悪化、午後八時三〇分ころからは除脳硬直と考えられる手指屈曲と後弓姿勢が出現し、午後九時一〇分ころ呼吸停止、心停止に陥り、午後一〇時四五分、死亡が確認されたというのである。
(三) 前記三でみた医学上の一般的知見に照らすと、早朝の嘔吐、前頭部痛、頭蓋骨欠損部の膨隆・搏動に始まる慎一の爾後の症状の推移は、頭蓋内圧亢進の進行を如実に物語るものであり、その原因は、V―Pシャント機能不全によって脳室内に髄液が貯留したことにあると推認するのが相当である。そして、重篤な脳幹機能障害の徴候である除脳硬直が現れた後に完全に意識を喪失し、呼吸停止・心停止を見ているのであるから、シャント機能不全に由来する頭蓋内圧亢進の結果、脳幹部機能が障害を受け、脳循環が停止して呼吸停止・心停止に至ったものと推認することができる。
(四) 右の頭蓋内圧亢進の進行過程は、慎一の死後実施された剖検結果からも、裏付けることができる。剖検結果によると、慎一の内臓には格別顕著な異常が認められなかった一方、脳表面の全域にわたってかなり顕著なうっ血による静脈拡張が認められ、軽度の脳浮腫も存在したほか、相当広範囲の大脳凸面に慢性のクモ膜下出血が確認されているところ、前記三でみた医学上の一般的知見に照らすと、これら脳の変化は、髄液吸収障害のため、頭蓋内圧が亢進して生じたものと認めるのが相当である。髄液貯留・脳内静脈のうっ滞・脳浮腫・血腫は、それぞれ頭蓋内圧亢進の原因となると同時に、相互に反応し合い、相乗的に頭蓋内圧亢進を進行増悪させるのであるから、慎一の脳に認められた右の変化は、頭蓋内圧亢進によって連鎖的に発生し、圧亢進を高めていったと推認することができる。
2 以上の認定判断に対し、被告は、慎一にはうっ血乳頭・瞳孔不同・徐脈・血圧上昇等の臨床症状が認められず、剖検結果によっても脳ヘルニアの不存在・V―Pシャント管の開存が確認されているのであるから、慎一の死亡は頭蓋内圧亢進によるとは考えられない旨主張するので、以下この点について検討する。
(一) 確かに、頭蓋内圧亢進の臨床症状として、うっ血乳頭・瞳孔不同・徐脈・血圧上昇が挙げられるところ、慎一にはこれらの症状が現れなかったことが認められる。しかしながら、前記のとおり(三1(四)、2(二)及び(三))頭蓋内圧が亢進したからといって、典型的な臨床症状が漏れなく全て出現するものでないことは当然で、実際の臨床経過は必ずしも定型像どおりの経過を辿るとは限らないし、特に小児の場合にはこの傾向が強い(とりわけうっ血乳頭は、小児の場合には出現しないのが普通である。)とされているうえ、頭蓋内圧亢進の臨床症状には個体差が大きいとされているのみならず、脳形成不全を伴う水頭症患者では、通常と異なる経過を辿ることも十分ありうるのであるから、被告主張の症状が現れなかったからといって、頭蓋内圧亢進の存在とその進行を否定することは到底できない。のみならず、前記1(二)で指摘したとおり、慎一の症状の推移を具に検討すれば、血圧・脈拍にこそ顕著な変化は現れなかったものの、頭痛・嘔吐・意識障害をはじめとする種々の頭蓋内圧亢進の症候が現れているのであって、これら症候の推移からすると、頭蓋内圧亢進が徐々に進行増悪していったことは優に肯認できる。
(二) 次に、慎一の剖検結果によると、慎一の脳には脳ヘルニアが存在しなかったことが認められる。しかしながら、前記(三2(三))のとおり、頭蓋内圧亢進の臨床症状と病理学的態変化とは必ずしも一致するとは限らないのであって、臨床的には頭蓋内圧亢進から脳幹機能の停止に陥ったことが明らかであるにもかかわらず、剖検の結果では、脳ヘルニアも脳幹部の組織変化も認められないこともあるとされているのであるから、剖検の結果、脳ヘルニアが存在しなかったからといって、頭蓋内圧亢進の存在とその進行を否定することは到底できない。特に、慎一の場合には、相当高度の脳形成不全が認められるところ、前記(三2(三))のとおり、脳形成不全を伴う水頭症患者にあっては、頭蓋内圧変動に対する代償能が低いため、僅かの頭蓋内圧亢進によって重篤な脳幹部障害が現れることもあるというのであるから、脳ヘルニアに至らない程度の頭蓋内圧亢進によって脳幹部障害が発生し、脳循環が停止して呼吸停止・心停止に至ったと推認することも十分合理性を有するというべきである。
(三) また、慎一が最初に日比医師らの診察を受けた際には、フラッシングデバイスを触診しても、格別異常は見られず、剖検結果によっても、フラッシングデバイス及び腹腔カテーテルから髄液が流れ出ることが確認されたことが認められる。しかしながら、前記(三1(四))のとおり、フラッシングデバイスを圧迫してシャント管の開存状況を調べる方法の信頼性はそれほど高いとはいえないというのであるから、右検査結果だけから、当時のシャント管の開存状況を詳らかにすることはできないというほかはない。のみならず、鑑定結果によると、一旦閉塞したシャント管が再び開通することもあるうえ、死後脳室カテーテルを抜去した後に、腹腔内から腹腔カテーテルを取り出して調べる検査方法では、不完全閉塞の存否や脳室カテーテルの開存性を確認することはできないとされていることが認められるから、右剖検結果をもって生前シャント管が開存していたと断定する根拠とすることはできない。
(四) なお、前記のとおり剖検時に心のうに一五〇ミリリットルもの血性液が認められたことについて、証人浅野正英が証言するところは、要するに、その原因はよくわからないというにとどまり、前記1の認定判断を妨げるものではない。
五被告の責任
1 シャント機能不全による頭蓋内圧亢進の診断及び治療に関する医学上の一般的知見
前記三で認定した事実に、前記四1冒頭掲記の各証拠を併せ考えると、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
(一) シャント機能の不全による頭蓋内圧亢進の診断方法
シャント機能の不全による頭蓋内圧亢進を診断する方法としては、前記(三1(四)及び三2(二))の臨床症状の把握やフラッシングデバイスの圧迫によるシャント機能の判定のほか、頭蓋単純X線撮影、頭蓋X線CT撮影、MRI、脳血管撮影法、熱電対・赤外線・流動計を利用したシャント管内液体通過判定等がある。
このうち、フラッシングデバイス圧迫によるシャント機能の判定法は、前記(三1(四))のとおり、信頼性が乏しく、この結果のみからシャント機能不全を否定することは相当ではない。
シャント機能不全による頭蓋内圧亢進の存否を判断するにあたっては、臨床症状を的確に把握・評価することが極めて大切である。早朝性の頭痛・嘔吐は、頭蓋内圧亢進に由来する蓋然性が高いし、傾眠から昏睡に至る意識障害等も圧亢進を強く示唆する症状ということができる。もっとも、シャント機能不全による頭蓋内圧亢進の臨床症状は、前記(三1(四)及び三2(二))認定のとおり、個体差が大きいうえ、特に脳形成不全を伴う水頭症患者の場合には、僅かの圧亢進で重篤な結果に陥ることも少なくない。したがって適切な判断を行うためには、厳重な経過観察によって、症状の推移を見落とすことのないようにする必要があり、圧亢進が疑われるときには、遅滞なく頭蓋X線CT撮影その他の検査を実施し、あるいは後記2の治療に踏み切る必要がある。
単純X線撮影その他の各種検査は、圧亢進の診断上極めて有用であって、特に頭蓋X線CT撮影やMRIでは、脳浮腫・髄液の貯留・血腫・出血塊の存否等を診断できるので、緊急時には必要不可欠の検査である。単純X線撮影でも、頭蓋縫合線離開・頭蓋内壁指圧痕・トルコ鞍の拡大等から圧亢進の診断が可能であるから、圧亢進の判定手段として相当の意義を有するとされている。
(二) シャント機能不全による頭蓋内圧亢進の治療法
シャント機能不全による頭蓋内圧亢進に対しては、まず気道の確保、酸素供給、輸液を実施し、外科的療法、保存的療法によって、頭蓋内圧の減圧に努めることが肝要である。
外科的療法には、脳室ドレナージ、脳室穿刺、シャント再建術があり、いずれも脳室に貯留した髄液を排除することによって、頭蓋内圧を減圧させる治療法である。シャント機能不全による頭蓋内圧亢進では、脳室に過剰に貯留した髄液が圧亢進の一次的原因となっているのであるから、これら外科的療法によって髄液を排除することが、圧亢進に対する必須の治療法であり、意識混濁や呼吸障害等の重篤な症状が外科的療法だけで著しく改善されることも少なくない。
保存的療法とは、ステロイド剤、バルビツール剤を投与したり、マンニトール・グリセロール・尿素等の高張溶液を点滴静注することによって、頭蓋内圧を降下させる治療法で、しばしば外科的療法の補助手段として実施されている。
2 日比医師の過失
被告が日比医師を履行補助者として被告病院の患者の診療にあたらせてきたことは、当事者間に争いがないから、以下では原告らの主張に従い、履行補助者たる同医師の注意義務違反(過失)の有無について順次判断する。
(一) 入院時における過失
原告らは、慎一には被告病院入院時、既に頭痛・嘔吐・意識状態の低下・頭蓋骨欠損部の搏動及び膨隆等、シャント機能不全による頭蓋内圧亢進を疑わせる症候が出現していたのであるから、右時点において直ちに頭蓋X線CT撮影を実施し、髄液排除の措置を講ずるべき注意義務があるにもかかわらず、日比医師はこれを怠り、頭蓋内圧亢進に対する処置を何ら講じなかった過失により、頭蓋内圧亢進を進行させ、よって慎一を死亡させた旨主張する。
そこで、この点について検討するに、確かに前記認定のとおり、日比医師が慎一を診察した昭和五九年一月八日午後三時ころ、嘔吐・前頭部痛、意識障害、歩行失調等のシャント機能不全による頭蓋内圧亢進の臨床症状が現れていたこと、日比医師はこれら症状からシャント機能不全による頭蓋内圧亢進を一応は疑ったものの、フラッシングデバイス圧迫の結果やうっ血乳頭、瞳孔不同等の異常所見が認められなかったことから、とりあえず輸液を実施して経過観察を行うにとどめ、頭蓋X線CT撮影や髄液排除等の積極的措置を講じなかったこと、もし同医師が右の積極的措置を講じていれば、シャント機能不全による頭蓋内圧亢進を来していることが判明し、圧亢進の進行を阻止できたはずであることは認められる。
しかしながら、前記認定のとおり、慎一には、過去に嘔吐・頭痛の出現にもかかわらず、自然緩解し、あるいはシャント機能促進から硬膜下血腫に陥った既往歴もあるところ、右時点においては対光反射や輻輳反射に異常が見られず、フラッシングデバイス圧迫やシャント管沿い皮膚の視診からはシャント機能不全を確認できなかったというのであるから、さらに頭蓋X線CT撮影等を実施した方が望ましかったということは否めないものの、直ちにこれを実施せず、とりあえず輸液を実施して経過を観察することにした同医師の判断に誤りがあったとまで断定することはできない。したがって、この時点における過失に関する原告らの主張は、採用することができない。
(二) 経過観察中における過失
原告らは、慎一には入院時の症候に加え、午後六時には対光反射の悪化、午後七時には頭痛増強、体動激化等、頭蓋内圧亢進の進行を疑わせる症状が出現し、看護婦から右症状悪化の具申を受けたのであるから、診察のうえ頭蓋内圧亢進に対する処置を講ずるべき注意義務があるにもかかわらず、日比医師はこれを怠り、診察すら行わなかった過失により、頭蓋内圧亢進を進行させ、よって慎一を死亡させた旨主張する。
そこで、この点について検討するに、前記二ないし四及び五1で認定判断したところによると、日比医師において、入院時の慎一の諸症状から、直ちに確定判断を下すことは困難であったとはいえ、右時点以降の経過観察中において、慎一には当初の頭痛、嘔吐、意識障害、歩行失調、頭囲拡大等に加え、シャント機能不全による頭蓋内圧亢進を強く疑わせる諸症状が出現していたし、慎一は元々頭蓋内圧亢進の影響を受けやすい脳形成不全併発の水頭症患者であったのであるから、頭蓋内圧亢進が進行し、脳幹部機能障害に陥る危険が存在したことは明らかであるところ、証人日比哲夫(第一回)の証言によると、日比医師は本件以前にも水頭症患者を治療したことがあり、右の危険を医師として十分弁えていたといえるから、同医師としては、臨床症状の推移を把握するため、全身状態の頻回観察を実施すべきことはもとより、圧亢進が疑われるときには遅延なく頭蓋X線CT撮影等の検査を実施し、髄液排除等による減圧措置を実施すべきであったというべきである。殊に、午後六時には対光反射が悪化し、午後七時には頭痛や体動も激しくなって苦悶の様相を呈する等の異常が出現し、午後七時ころには、看護婦からこれら症状悪化の報告を受けたのであるから、同医師には、これら全症状とも符合するシャント機能不全による頭蓋内圧亢進の発生・進行を疑い、速やかに診察を行い、時機を失せず適切な治療を施し、もって頭蓋内圧亢進のもたらす危険の発生を未然に防止すべき注意義務があったというべきである。ところが、同医師は、これを怠り、看護婦から慎一の症状の異変を知らされながら、一般的身体症状の診察さえも行うことなく、単に鎮痛剤投与を指示したにすぎなかったばかりか、以降連絡先も明らかにしないまま二時間もの間被告病院を留守にし、そのため、その後二度にわたる看護婦からの症状変化の知らせを受けることもできず、午後八時以降次々と現れた尿失禁、四肢冷感、意識状態の悪化、除脳硬直等の症状把握も、これに対する処置も何一つとして実施することができないまま呼吸停止・心停止を招いたことは、脳神経外科医として極めて不適切であったといわなければならない。そして、そのため慎一は脳室ドレナージ等による頭蓋内圧減圧措置の適期を失し、死亡するに至ったものであるから、同医師には右注意義務違反の過失があり、また、右処置と慎一の死亡との間には、相当因果関係があるというべきである。
3 被告の責任原因
原告らが被告との間で慎一の法定代理人として本件診療契約を締結したことは前記一のとおりであり、日比医師には、前記注意義務違反(過失)があるから、被告は、民法四一五条に基づき、右契約についてその履行補助者の不完全履行によって生じた後記六の損害を賠償する責任を負うというべきである。
六損害
原告ら請求の損害のうち、次に認定する損害は、本件診療契約の債務不履行による慎一の死亡と相当因果関係にある損害と認められる。
1 慎一の逸失利益
慎一が昭和四八年七月三一日生まれで、死亡当時一〇歳の水頭症を患っていた男子であることは、前記二1(一)認定のとおりであり、前記四1冒頭掲記の各証拠によると、水頭症患者の場合、完治することは稀で、シャント術後の合併症に陥ることがままあり、その程度如何によっては、通院治療若しくは入院のうえ、シャント再建術等の治療を受ける必要があることが認められ、これらの事実からすると、慎一が成長した場合の労働能力は、控え目に見て健常男子労働者のそれの六〇パーセント程度と認めるのが相当である。そうすると、本件医療過誤がなければ、慎一は、一八歳から六七歳まで四九年間は就労することができたものと推認され、この間、同人は、少なくとも当裁判所に顕著な平成二年度賃金センサス第一巻第一表の男子労働者産業計・企業規模計・学歴計の全年齢平均給与額五〇六万八六〇〇円の六〇パーセントである三〇四万一一六〇円程度の年収を挙げたと認められ、その生活費として収入の五〇パーセントを控除し、同人の死亡による逸失利益の死亡時における現価を、年別ライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり、一八六九万九〇二八円となる。
304万1160円×(1−0.5)×
(18.7605−6.4632)=1869万9028円
2 慎一の慰謝料
本件医療過誤の態様、履行補助者の過失の程度、慎一の年齢、家族構成、その他本件口頭弁論に顕われた一切の諸事情を考慮すると、本件医療過誤により慎一が被った慰謝料としては、一三〇〇万円が相当である。
3 相続
原告らは、前記一のとおり、慎一の両親であるから、右1、2の合計三一六九万九〇二八円の二分の一にあたる一五八四万九五一四円が、原告ら各自の相続分ということになる。
4 葬儀費用
弁論の全趣旨及び経験則によると、原告らは、慎一の両親として同人の葬儀をとり行い、少なくとも各三五万円の出費を余儀なくされたと推認される。
5 弁護士費用
本件訴訟の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが本件医療過誤による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、各一五〇万円とするのが相当であると認められる。
6 よって、被告は、原告らそれぞれに対し、前記3、4及び5の合計額一七六九万九五一四円に、本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年七月四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付して支払う義務があるといわなければならない。
七結論
以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、前記六6で説示の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言及びその免脱について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官貝阿彌誠 裁判官福井章代 裁判長裁判官江見弘武は、転任のため、署名押印することができない。裁判官貝阿彌誠)